LANDMARk in KYOTO
縦に並べたかったのですが、上手くできませんでした。横を向けでご覧ください。
京都駅を烏丸口から出ると、正面にライトアップされた京都タワーが姿を現した。後ろを振り返ると、京都駅ビルの巨大なガラスの壁面に、ライトアップされた京都タワーが美しく映っている。「京都タワーだ」 嬉しくなった僕は、思わずデジカメのシャッターを切り、振り返って、ビルのガラスに映るタワーも写真におさめた。その時、ふと我に返って思った。「僕はなぜこんなに浮かれて写真を撮ったのだろう」
京都タワーが完成したのは1964年12月。東京オリンピックが開催された年だ。高度経済成長のただ中、京都市の国際観光都市としての発展を期待しての建設だった。しかし、古都京都の景観が損なわれるのを心配した人々からタワー建設に反対する動きが起こった。総じて、政財界からは推進意見、文化人からは反対意見が多かったようだ。当時の僕は、日本文化も京都のこともよく知らなかった。その後、仏教に関心をもつようになった僕は、しばしば京都を訪れるようになった。そして、今では僕は京都タワーには否定的な考えをもっている。タワー建設当時、京都タワー建設に賛成していた人々のなかには、エッフェル塔などを例にとり、10年、20年後を見てほしいという意見がでていたという。僕が自嘲したのは、そんな僕が、ライトアップされた京都タワーを見て、夢中でカメラのシャッターをきったことに対する気恥ずかしさからだった。
梅原猛氏は「塔」の中で、「塔」の本質を実用から離れた人間の高みへの上昇であり、それは、ショーペンハウエルやニーチェの生命力の発露ともいえる「権力への意志」にその根をもっているとした。キリスト教の思想のなかにも、この上昇志向はイエスの「昇天」として見られると言う。
人間は古い昔から、高い建造物をつくりだしてきた。洋の東西を問わず、人間は高所への憧れを抱いてきた。確かに天にも届かんばかりに聳え立つ「塔」はその創設者の力を誇示している。昔、木曽川南岸に屹立する犬山城を訪れたことがある。天守閣からの眺めは壮観だった。木曽川の流れを見下ろしたとき、「天下をとる」とはこのような高みから下界を見下ろすことかと思った。しかし、「下界を眺める」という体験に関して僕の印象に残っている場所がもう一つある。山形県の山寺(立石寺)の五大堂からの眺めだ。「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」と芭蕉が詠んだことで有名な立石寺は、奥の院まで1000段をこえる石段がつづく。その途上にある五大堂からの眺めは素晴らしい。JR仙台線の山寺駅と山間の集落が望まれる。その詩情溢れる眺めは、犬山城からのそれとは明らかに違う。人間の力で作り出された高みと自然にできたそれとの違いだろう。一方は権力を握った者の己の力の誇示であり、他方は神聖なる山に修行の場をさだめた、いわば「祈りの場」であろう。そのように考えると、力を誇示するために塔をたてようとすることを上昇志向といえるのかとの疑問が湧いてくる。力を誇示する相手は上方にいるのではない。力の誇示は地上に生きる人々に対してではないのか。その意味で、力の誇示のための塔の建設は本当の意味で上昇志向とはいえないだろう。それでは、イエスの「昇天」は上昇志向といえるのだろうか。イエスの「昇天」については、「自ら天に上った」ではなく「上げられた」と受身形で表現されている(使徒1.9
マルコ16.19)。そもそも、キリスト教では、己を誇示し、神のごとくなろうとすることは、「バベルの塔」に見られるように、厳しい神の罰を受けることになったのではないか。
それでは人間が昔から作ってきた高みをめざす建築物は何のためであろうか。それは永遠への憧れであり、死すべき人間の祈りではないだろうか。ヨーロッパのゴシック建築は天まで届くことを目指しているのではない。届かないことはわかっているが目指さざるを得ない。その憧れが形になったとしか言いようがないのではないか。これは力の誇示ではない。むしろ、力がないからこそ、死すべき人間の哀しみをしっているからこそ、そこから湧き上がってくる祈りが込められた憧れではないのか。メメント・モリmemento
mori(死を忘れるな)。人間は死ぬ。この厳然たる事実をどう受け止めるか。これは仏教にかぎらず、すべての人間に負わされた問いかけではないのか。仏教の塔が釈迦の遺骨(舎利)の上に建てられていることはその意味では象徴的だ。
ランドマークという言葉がある。文字通りには(航海の手引きとなる)陸上の目印、陸標を意味するが、その土地の象徴となるような建物や記念碑をも意味する(広辞苑)。確かに、京都タワーは前者の意味での京都のランドマークの役割をはたしているだろう。大阪方面から新幹線で京都に向かうと、遠くに京都タワーが見られる。「あぁ、あそこが京都だ」そんな想いがする。しかし、さらに京都に接近すると、ほどなく京都駅に到着しようとする頃に、右手前方に東寺(教王護国寺)の五重塔が見えてくる。それはまさに京都を象徴する建造物だ。東寺の塔が視界に現れた時が、京都に到達したと深く実感する瞬間だ。京都には東寺の五重塔より高い建造物はつくらないとの不文律があると聞く。それにもかかわらず建設されたタワーと空海ゆかりの東寺の五重塔と、どちらが京都のランドマークに相応しいだろうか。僕の中では、答えは明らかだ。