愛しい命

 

愛(いと)しき命(いのち)

 夢には「色」があるのだろうか。

 僕は夢の中で色をあまり見たことがない。もしかしたら、夢の中では色が見えているのかもしれない。モノクロであれば、自分が見ている夢がおかしいと気づくはずだ。夢の中では、僕たちは色を意識しないのだろう。ただ、夢のなかの「色」に特別な意味がある場合に、僕たちは色のついた夢を見たと認知するのではないだろうか。

今まで僕が見た夢の中で、その色の記憶が残っているのは二回しかない。
その中の一つは強烈で、今でもその「色」を鮮明に覚えている。
その時、僕はまだ中学生だった。

 僕は地獄の閻魔大王に仕える鬼だった。
 僕たち鬼の役割は、死者の魂を連れてくること。
 鬼たちは、投網を肩にかけて、
 暗くて長いなだらかな坂道を地上へ向かった。

 地上は闇だった。
 僕たちは原っぱに出た。
 赤いロウソクの炎のようなものがいくつも揺らいでいた。
 5.6人の人が輪になって炎を取り囲んで嘆いている。
 鬼はその輪の中にそっと入り、手にした投網を構える。
 人々は僕たち鬼の存在に気がつかない。
 炎は静かに地面に吸い込まれるように消えていく。
 その瞬間、鬼は手にした投網を投げて
 地面から浮き上がってくる死者の魂を捉える。

 それぞれの鬼には連れてくる死者が決められていた。
 僕も、義務をはたすべく、赤い炎を囲む輪の中に入った。
 そして、投網に手をかけて魂を捕獲するために身構えた。

 その時、僕は気がついた。
 赤い炎を取り囲んでいる人々は、僕の親や兄弟だった。
 彼らは嘆き悲しんでいた。・・・

 僕が捕まえようとしているのは、
 僕自身の魂なのだ!
 
 赤い炎はだんだん小さくなっていく。
 僕は身構えながら、
 この赤い炎が消えるとき僕は死ぬのだと思った。
 しかし、僕が死ぬなら、鬼である僕も死ぬ。
 意識がなくなって鬼の勤めを果たせなくなる・・・・

  そんな不安を感じながら、
  小さくなっていく赤い炎を、僕は見つめていた。

あの夢は決して気味の悪いものではなかった。また、悲しくもなかった。ただ、揺れる炎の赤い色が神秘的だった。

命は炎! そう、強く思った。
命は儚(はかな)い。ほんの少しの風で消えてしまう。しかし、美しく、そして愛(いと)しい。
だから、一瞬一瞬を大切に燃えて生きたい。いつ僕の炎が消え去ろうとも・・・・
少年の僕はそう思った。